急性臓器不全時の病態解明と新しい治療法の開発
ショックと呼ばれる抹消循環不全は敗血症、出血、外傷、アナフィラキシーなど様々な誘因により引き起こされ、しばしば致命的になる病態で、さまざまな先進医療技術を駆使して治療にあたる必要があります。その様な治療を行っても、ショックに引き続いて心臓、腎臓、肝臓など主要な臓器に発生する臓器不全も生命を脅かすため、その治療法と予防法の確立が急務となっています。しかし臓器不全の病態も未だ不明な点が多く、その解明が待たれています。私たちのグループでは臓器不全のメカニズムを解明し、細胞自身が本来持っている細胞保護機能を活性化させる臓器不全治療法を開発し、ショックに伴う臓器不全の予防・治療法の確立に向けた基礎研究を展開し、さらに臨床応用に向けて人体に対する安全性確認などの検討を加えています。
ショック状態に陥ると末梢臓器では炎症性サイトカインや細胞接着因子などの発現により好中球など炎症性細胞の集積が起こります。これら炎症性細胞から好中球エラスターゼや活性酸素、フリーラジカルなどが過剰に産生されることで、血管内皮細胞障害、血管透過性亢進、血栓形成などによる微小循環障害を引き起こし、その結果として臓器不全を発症すると考えられています。
私たちはこれまで、敗血症、薬剤性劇症肝炎、急性虚血性腎不全、横紋筋融解症後腎傷害、出血性ショックの動物実験モデルにより、その急性臓器傷害の発生機序を解明し、それぞれの病態に対応した抗炎症作用や抗アポトーシス作用、抗酸化作用などを持つ物質の治療効果を検討しており、以下にその代表例を解説します。
出血性ショック
大量出血による出血性ショックは容易に死亡状態に陥る危険な病態ですが、心肺蘇生に成功したとしても主要臓器への血液再還流に伴う全身性の炎症反応が引き起こされ、しばしば多臓器不全に陥る危険をはらんでいます。そこで動物実験モデルを用いて、再灌流後の臓器障害を起こしやすい肺や腸管の再灌流傷害のメカニズムの解明とその治療法について検討してきました。その中で本来は有毒ガスである一酸化炭素(CO)が極めて低い濃度では抗炎症作用、抗アポトーシス作用を持ち、さらには一酸化窒素(NO)と同様の血管拡張作用も持つことが明らかとなってきました。出血性ショック時の肺でCOの投与による細胞保護効果を確認し、随時論文掲載や学会発表で随時報告しています。
急性腎傷害
急性腎傷害は救急・集中治療現場で遭遇することの多い病態の一つであり、特に地震・災害時に頻発するクラッシュシンドロームによる横紋筋融解症とそれに引き続く急性腎不全では初期治療の遅れから致死的状態を招くことがあります。横紋筋融解症による腎傷害の原因はミオグロビン由来の遊離ヘムの増加ですが、その際に腎臓では細胞保護作用を持つ ヘムオキシゲナーゼHeme Oxygenase (HO)-1(ヘム分解の律速酵素) が誘導されることが知られています。そこで遊離ヘムの増加を感知してHO-1発現を制御する転写調節因子である Bach1に着目し、本症におけるBach1の細胞内発現動態を動物モデルにて初めて明らかにしました。
この成果に基づいて、抗酸化作用・抗炎症作用・抗アポトーシス作用を有するヘムの分解酵素HO-1の発現誘導による横紋筋融解症後腎傷害の新しい治療戦略を構築するため、基礎研究を継続し、より安全な治療法の確立を目指しています。
腎障害以外にも、薬剤性劇症肝炎、急性虚血性腎不全においても、傷害臓器に、HO-1が誘導され、細胞保護的に働いていることを明らかにしています。
臓器不全時のサイトカイン発現解析
鳥インフルエンザの重症化がサイトカインの過剰発現(サイトカインストーム)であることからもわかる様に、サイトカインの発現の程度は臓器不全の重症度と密接に関連しています。サイトカインの誘導を適正なレベルに保つことができれば、臓器不全の重症化を抑制できると考え、サイトカイン転写調節因子の発現レベルやその遺伝子多型とショック時の臓器不全重症度との関係について解析を行っています。
その研究成果をデータベース化することで、ショック発症後早期に遺伝子多型検索や転写調節因子モニタリングを行い、重症度の的確な判定と治療方針の決定により生命・生活予後の向上につながることを期待し、近い将来の臨床での実用化を目指し奮闘中です。
私たちの研究業績はこれまで、50編を超える英文論文としてPeer Review誌に発表し、国際的に情報発信を続けています。また、将来の研究を担う人材養成のためWeill Cornell Medical Collegeなどへの留学生派遣を行っています。