●脊椎(せきつい)麻酔
●硬膜外(こうまくがい)麻酔
麻酔といっても、手足を切って縫合するときなどに用いる局所麻酔から、手術のときに用いる全身麻酔まで多岐にわたっています。以下にあげた麻酔のうち、脊椎麻酔、硬膜外麻酔、全身麻酔は専門の麻酔医により行われるべき麻酔です。麻酔医は麻酔中のみならず、麻酔・手術後の全身管理を専門とし、トレーニングを受けています。欧米先進諸国では、ほとんど全ての麻酔が麻酔医によりおこなわれていますが、日本では麻酔医の数も少なく、麻酔の全てが麻酔医により行われているとはいえないのが現状です。
痛みを伴う処置(切開、縫合など)を行う部分にのみ麻酔を行う方法です。局所麻酔薬を当該部分に注射あるいは、塗布して麻酔を行います。局所麻酔薬とは神経の痛みを伝える働き(伝導)を遮断する薬物です。 例)外傷で手足を縫合する場合、胃内視鏡検査などのときにのどを麻酔する場合
体の痛みは、痛みを伝える神経を通して脳に伝えられ痛みとして知覚されます。たとえば、手の痛みは正中神経、橈骨神経などの末梢神経 - 首のところにある腕神経叢 - 背骨のところにある脊髄を経て、脳へと痛みの刺激が伝えられます。この道筋の何処かを局所麻酔薬を用いて遮断し、痛みを感じなくする方法が伝達麻酔です。 例)手、腕の手術の場合、首のところにある腕神経叢を麻酔し、腕全体を痛みを感じなくすることができます。また、抜歯のときも歯、歯茎からの神経を麻酔することで痛みなく行うことが可能です。
体の各部分から集まった神経は、背骨のところにある脊髄という太い(太さ2cmくらい)神経に集まります。脊髄は硬膜という一種の袋のなかにあり、脳脊髄液という透明な液体の中に浸かった状態になっています。腰のところから、針を刺して硬膜を貫通し、この脊髄のまわりに局所麻酔薬を入れることで下半身(下腹部、腰、脚など)の手術を行うことができます。
脊髄の周りの硬膜の外側には、硬膜外腔というスポンジ状の部分があります。ここに局所麻酔薬を入れることで脊椎麻酔より、弱く狭い範囲に麻酔を行うことができます。
一般に「麻酔」というと全身麻酔を想像される方が多いと思います。全身麻酔は全身麻酔薬を投与して患者さんの意識を無くし(眠らせて)、手術を行う方法です。今まで述べた麻酔法は手術中意識がありますが、全身麻酔は意識はなく、夢をみることもほとんどありませんし、記憶も残りません。また脳などに異常が無い限り、麻酔が覚めないということもありません。
手術の前日までに麻酔医の問診・診察を受けていただきます。原則として麻酔科外来へおこしいただき、術前診察担当医の診察を受けていただきます。手術前日の夕方には麻酔担当医が病室までうかがって再度簡単な問診と手術室搬入までの注意点などをお話します
麻酔・手術の前には胃の中を空にしておく必要があります。麻酔中に誤って嘔吐し吐物を肺に吸い込むこと(誤嚥)があるためです。成人では8時間、小児でも2から6時間の絶食が必要です。
麻酔、手術に対して、恐怖、不安などを抱かない方はいらっしゃらないと思います。外科医、麻酔医による説明によりかなり不安は和らぐとは思いますが、より快適にそして安全に麻酔を受けて頂くため、手術室入室の直前に麻酔前投薬と呼ばれる薬を投与します。麻酔前投薬は、抗不安作用、鎮静作用を持つ薬で、筋肉注射あるいは飲み薬です。
病室からストレッチャーで手術室まで来て頂きます。手術室の入り口のところで手術室の担当看護婦がお待ちしており、入室される前に着衣を取っていただきます(シーツは掛けたままですので御安心下さい)。
手術室に入ったら、乗ってきたストレッチャーから手術台に移っていただきます。そのあと、心電図、血圧計をまず体に付け、体内の酸素をはかる器械(パルスオキシメーター)を指につけます。これらの処置は痛くはありません。そのあと、腕に点滴を取ります。手術中は数リットルの輸液、輸血を行うことが多いので、太い点滴が必要ですが、まず細い針で痛み止めをしてから行います。
大まかに言って首から下の手術では硬膜外麻酔を併用します。手術中ばかりでなく手術後も硬膜外麻酔を用いることで術後の痛みを大幅に減らすことができます。痛みを減らすことにより、呼吸も楽にでき、痰の排泄もスムーズにできるため、術後の呼吸器合併症(肺炎など)の予防としても重要です。術後数日使用するため薬を注入するチューブ(シャープペンの芯くらいの太さです)を留置します。 手術台の上で横向きになっていただき、体を丸くしてもらいます。麻酔医が背中を消毒し、痛み止めの注射をおこなったあと、硬膜外チューブを挿入します。全て終わるのに約10分から15分くらいかかります
硬膜外チューブが入ったら、再び仰向けになっていただき全身麻酔を開始します。まずビニール製のマスク(鼻と口両方を覆います)をあて、酸素を吸ってもらいます。そのあと、点滴から静脈麻酔薬を投与し、眠っていただきます。静脈麻酔薬には健忘作用(記憶を失わせる作用)があり、手術室の中のことは記憶の無い方が多いです。 患者さんが眠ったあと、気管内挿管と呼ばれる重要な処置を行います。全身麻酔は睡眠とは異なり、呼吸は浅くなりときには停止することもあります。また、手術をスムーズに行うため、筋肉を弛緩させる薬を用いることもあります。この場合は全身の筋肉が麻痺し呼吸ができなくなります。そのため全身麻酔中は人工呼吸が必要になります。人工呼吸を行うために、口からのどを通して肺の入り口(喉頭、気管)までビニール製の管を挿入する処置が気管内挿管です。 気管内挿管は、のどの奥を観察し、気管の入り口を見ながら行う必要がありますが、そのために喉頭鏡という金属製の器械を口の中に挿入します。このとき口が開きにくかったり、歯がぐらぐらしている方では歯が折れることがまれにあります。一般的に太っている方、首の短い方、口の開きにくい方、下あごの小さい方などは気管内挿管が難しいことが多いので、歯を傷つける確率も高くなります。
気管内挿管が終わると、手術が開始されます。手術中は常に麻酔医がそばにおり、脈拍、血圧、呼吸などのバイタルサインを常に監視し、適切な処置を行います。
手術が終了すると麻酔薬の投与を止めて麻酔を覚まします。麻酔医は手術終了に向けて徐々に麻酔を覚ましていきますので、通常手術終了から麻酔が覚めるまでは約10分ぐらいです。麻酔が覚めたときにはまだ気管内挿管のチューブが挿入されており、咳が出ますがすぐに抜去します。 チューブを抜去し、脈拍、血圧等の安定、受け答えがしっかりできることを確認したら、手術室から回復室に移動します。回復室では集中治療部の看護婦により約2時間状態をみて、病棟に帰ることになります。回復室に入室した時にはまだ半分麻酔がかかった状態ですが徐々にはっきりと覚醒します。心臓手術、脳外科手術などの大手術や、重症の合併症を持った患者さんは、より集中的に管理を行うために一晩あるいは数日間集中治療室(ICU)へ入っていただきます。 脊椎麻酔では手術が終了すればすぐ回復室に移ります。 大部分のケースでは手術の翌日以降に担当麻酔医が術後診察にうかがって、患者さんの状態をチェックします。 全身麻酔薬には大きく分けて吸入麻酔薬と静脈麻酔薬があります。吸入麻酔薬は呼吸をすることによって体に吸収されるもので、マスクや、チューブを通して吸ってもらいます。静脈麻酔薬は点滴などを用いて静脈内に投与するもので、速やかに効果が現れます。
脊椎麻酔は主に下半身(下腹部、脚など)の手術に用いられる麻酔法で背骨のなかを通っている脊髄(せきずい)という太い神経を麻酔します。手技は背中に注射を1本するだけの簡単なものですが、身体に与える影響は全身麻酔と同等あるいはそれ以上であり、熟練した麻酔医が施行するのが理想です。 全身麻酔と同じように点滴をあらかじめとり、心電図、血圧計などのモニターを装着した上で施行します。 手術台の上で横向きになっていただき、背中(腰)に注射を行います。麻酔薬が入ると下半身がまず温かくなり、次いで感覚が無くなります(通常しばらくの間は脚を動かすこともできなくなります)が全身麻酔と異なり意識はあります。
この麻酔では術後に頭痛を起こすことがあります。頭痛は年齢の若いかたに多く、頭部を挙上(高い枕、座位)すると起こりやすくなります。手術当日は枕をせず休まれることをお勧めします。
脊椎麻酔に用いる薬は体格、年齢、手術部位などを考慮して量を決定しますが、効果が不充分(手術中に痛みを感じる、途中から痛くなる)であることがあります。この場合、鎮痛薬を投与したり、全身麻酔に変更することがあります。逆に効きすぎる(息がしづらくなる、手がしびれる、声が出しにくくなる、血圧が下がる)こともありますが、この場合、酸素吸入をしたり、血圧を上げる薬を用いたりします。
脊椎麻酔の途中で吐き気を覚えたり、吐くことがあります。麻酔が効きすぎたり、おなかの中を触ったりする操作で起こることが多いです。酸素投与、吐き気止めの投与などを行います。
あらかじめ脊髄のそば(硬膜外腔 こうまくがいくう)に細いチューブを入れ、術中術後の鎮痛を行う方法です。方法は脊椎麻酔とほとんど同様です。硬膜外麻酔は単独でも下半身の手術の麻酔に使用できますが、全身麻酔に併用することで術後の痛みを大幅に減らし、ほとんど痛みを感じることなく手術の後を過ごすことが可能です。痛みを除くことで楽に呼吸ができ、痰がたまりにくくなるため、肺炎などの呼吸器合併症を予防することができます。大まかに言って首から下の手術では硬膜外麻酔を用いることができます。以下のような合併症の可能性はありますが、その確率は非常に低いです。
この管を入れるためには背中に注射を行う必要がありますが、まれに深く針が進み脊椎麻酔と同様の状態となり頭痛を起こすことがあります。
硬膜外腔の広さ、構造には個人差があり、術後の鎮痛効果が不充分な場合も時にありますが、その場合は他の鎮痛処置(座薬、注射など)を行います。
ごくまれ(10万分の1以下)に管の入っているところに出血を起こし、手足の麻痺をきたすことがあります。ただしそのほとんどは出血傾向(血の止まりにくい性質)のある人に起こっており、当院ではそうしたかたには原則として硬膜外麻酔は行いません。また清潔操作には充分留意しチューブの挿入を行いますが、感染も皆無とは言い切れません。