脳虚血研究グループ

1.脳を保護する薬剤の探索

脳を保護する薬剤の探索図01

脳は虚血に陥ると神経細胞の膜電位を維持できなくなり脱分極を起こします。脱分極を測定したものが右図ですが、虚血性神経細胞障害はこの脱分極が起きることで始まるとされており、脳虚血研究グループではこの脱分極に注目して研究を行っています。
当グループの研究により脱分極時間と神経障害度は相関していることが明らかになっており脱分極時間を短縮することが神経障害の軽減につながることがわかっています。
そこで、さまざまな薬剤において脳保護効果が報告されていますが、当グループでは特に麻酔関連薬の脳保護効果について脱分極への影響という観点から評価を行っています。

脳を保護する薬剤の探索図02

現在行っている研究としてはスナネズミ一過性前脳虚血モデルにおける麻酔薬の脳保護効果の 定量的評価ということを行っています。このモデルにおいてさまざまな虚血時間を負荷し、そのときの虚血性脱分極を測定し、5日後の神経障害度を評価します。虚血時間と神経障害との関係をロジスティック回帰曲線に描くと、これにより50%の神経障害を引き起こすのに必要な虚血時間(P50-ischemia)を求めることができます(左図)。当グループでは今までに低体温、チオペンタール、プロポフォール、ケタミンが虚血性脱分極時間を短縮し神経保護的に作用すること、また亜酸化窒素は虚血性脱分極時間を延長し神経障害を悪化させることフェンタニルが脱分極時間と神経障害に影響しないことを明らかにしています。

脳を保護する薬剤の探索図03

また、同じ実験系による定量的な評価の利点として他の薬物との比較ができることが挙げられます。例えばP50-ischemiaを求める右図のようにチオペンタールは33.8℃の低体温と、プロポフォールは35.3℃の低体温と同等の脳保護効果を有するということがわかりますし、プロポフォールよりチオペンタールの方が脳保護効果が強いということもわかります。

このような実験により麻酔薬には脳保護効果があることは一般的によく言われていますが、ではいったいどの麻酔薬が脳保護効果が強いのかといった疑問に答えられるものだと考えています。

2.脳虚血の画像化

蘇生後の脳障害や、脳梗塞など、脳虚血の病態に対する治療成績の改善は重要な課題となっています。当教室では脳虚血をリアルタイムに画像化し(NADH蛍光画像法)、病態の研究を行っています。

脳虚血の画像化01

細胞が虚血、低酸素状態に陥るとミトコンドリア内でNADHが蓄積します。蓄積したNADHに360nmの紫外線を照射すると460nmの光で蛍光することが知られています。

脳虚血の画像化02

脳虚血部位の脳表に365nmの紫外線を照射し(NADHの蓄積により蛍光)460nmの蛍光をCCDカメラで撮影します。画像処理することにより、脳虚血をリアルタイムに可視化できます。

青線は開頭、赤線は中大脳動脈を示します。中大脳動脈を遮断後(黒丸部)、脳虚血の拡大(白で示されている領域)の様子が確認できます。

脳虚血の画像化03

この方法を応用し、さまざまな薬剤や脳低温療法の脳保護効果などを画像化し研究しています。また、この方法は脳虚血のモニタリングに非常に有用であることから、脳外科手術中の虚血のモニターなど臨床応用を目的とした研究を行っています。

脳蘇生研究グループ

【薬剤の脳保護効果が一目でわかる研究】

研究の概要写真04

全身麻酔中において一時的な脳虚血につながる病態は稀ではない。そのような場合麻酔薬は脳神経にどのような影響を及ぼしているのか。また、どの麻酔薬がより脳保護効果が高いのか。このような臨床的な疑問に答えるべく当研究グループではスナネズミ一過性前脳虚血モデルを使用してさまざまな薬剤の脳保護効果を定量的に評価している。

スナネズミ(上写真) はWillis動脈輪が不完全なため脳虚血が作りやすいので当研究グループでは脳虚血モデルとして使用している。

麻酔薬の脳保護効果は今までにも多くの報告がなされてきたが、定量的な評価はほとんどなされていない。定量的な評価を行うことで薬剤間の比較もすることができる。今まで当研究グループでは低体温、チオペンタール、プロポフォール、亜酸化窒素、フェンタニルなどの虚血性脳神経障害への影響を評価してきた。

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具体的な実験方法はスナネズミに対して右図のようにセッティングを行った後、両側総頚動脈閉塞により3分、5分、7分と異なる時間の脳虚血をかける。そのときの海馬CA1領域の神経細胞のDC potentialを測定する。遅発性神経障害の影響を考慮し5日後に脳組織をとりだし神経障害度を評価する。虚血時間と神経障害との関係をロジスティック回帰曲線に描く。これにより50%の神経障害を引き起こすのに必要な虚血時間(P50-ischemia)を求めることができる。また、DC potentialを測定することで薬剤が脱分極のどの部分に影響しているかを 知ることができる。

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例えば当研究グループの実績として亜酸化窒素は P50-ischemia を0.82分短縮することがわかった。(Taninishi Anesthesiology 2008; 108: 1063-70) また、この研究では虚血時間が3.07から6.63分の間で笑気投与は神経障害を助長することがわかった。言い方を変えると3.07分以下・6.63分以上の虚血時間では亜酸化窒素群と対照群で有意差がでないということになる。このことは単一の虚血時間で神経障害を評価すると薬剤の影響を見誤る可能性を示唆している。

また、定量的な評価の利点として他の研究との比較ができることが挙げられる。例えば右図のようにチオペンタールは33.8℃の低体温と、プロポフォールは35.3℃の低体温と同等の脳保護効果を有するということがわかる。(Kobayashi 神経麻酔・集中治療研究会2005)
このように臨床につながることを目標に研究を行っている。

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[蘇生時に脳を守る、脳の急速冷却装置の開発]

咽頭冷却

蘇生後意識障害の治療法として脳低温療法の有効性が報告されている。しかし、現在の脳低温療法は全身冷却を行っているため脳温の低下に長時間を要している。もし、頭部のみ冷却することができれば早期に脳温を低下できると考えられる。咽頭の1cm外側を総頸動脈が走行している。咽頭を冷却して総頸動脈を冷やし、血行性に脳温を低下させることを目的としている。現在、全国13の救命センターで心停止蘇生時に咽頭冷却を施行し、神経学的予後、生命予後を改善する効果を観察している。

咽頭冷却カフ01

咽頭冷却カフは気管挿管で気道確保した直後に挿入する。咽頭冷却カフは咽頭の形状にフィットするように作られている。5℃の生理的食塩水が500mL/分で潅流する。カフは塩化ビニル製で生物学的安全性試験を通過している。 咽頭の3D-CTモデルを元に作成しており、食道閉鎖式エアウェイと同様の手技で簡単に咽頭内に挿入することができる。

咽頭冷却カフ02

冷却水潅流装置は生理食塩水を急速に冷却し、500mL/分の速度で咽頭冷却カフ内を潅流させる能力を持つ。咽頭冷却カフ内臓のセンサーより内圧・温度情報を4msec毎に収集しリアルタイムに自動コントロールしている。

[術後の認知障害に関する研究]

この数十年での麻酔技術の劇的な進歩により、周術期の麻酔関連の患者死亡率は劇的に改善した。
そして近年、麻酔および周術期管理が患者の長期予後に影響を与える可能性が示唆されている。

周術期の認知障害は、急性期のせん妄(delirium)、軽度認知障害(postoperative cognitive dysfunction-POCD)、痴呆(dementia)、の3つに分類される。痴呆の発症は非常に稀とされるが、せん妄の発生頻度は、特に高齢者では10-20%に上るといわれる。高齢、アルコール依存、ベンゾジアゼピン系薬剤の服用、などがリスクファクターとして挙げられるが、発生機序は未だ解明されていない。

delirium,POCD,dementia

当研究グループでは、術前からの軽度脳血流低下が周術期の認知障害の原因およびリスクファクターの一つと考え、動物モデルを用いた病態の再現、詳しい機序の解明と臨床につながる治療法の検討を開始している。