岡原先生留学報告

2021.01.04 お知らせ

臨床研究留学報告(アルフレッド病院・モナッシュ大学)

平成19年卒の岡原修司と申します。2018年11月から2020年11月の2年間に渡り、オーストラリア・メルボルンのモナッシュ大学およびアルフレッド病院にて臨床研究留学しました。留学にあたって、森松先生はじめ同門の先生方にサポート頂き、非常に有意義な経験をさせて頂き、ありがとうございました。留学の大変さや面白さを実際に肌で感じ、研究者として、そして人として新しい発見ができました。研究内容と私生活に分けて、報告させて頂きます。

研究篇

私はモナッシュ大学のANZIC-RCというオーストラリア・ニュージーランドの臨床研究のマネージメント部門に所属し、私自身は肺移植を中心とした研究に携わりました。当施設は、世界的にも有名な研究機関であり、主に国際的なデータベースの運用や多施設合同臨床試験を管理するアカデミックとプロフェッショナルにて構成された精鋭部隊であり、研究の規模や資金、その人材の豊富さに圧倒される毎日でした。開始当初は幾度も挫折し(特に英語でのコニュニケーション)、成果も出ず、特に半年間は暗中模索の日々でした。留学を乗り越えられた先生方を改めて尊敬する毎日でした。そんな中、研究生活を楽しめるようになったのはオーストラリアでのボス、Greg sell先生とDavid Pilcher先生のサポート、そして森松先生はじめ日本の先生方からの激励のお言葉のおかげでした。

小規模ではございますが、いくつかの研究プロジェクトを立ち上げ、データ管理、執筆、投稿に至る過程は非常に勉強になりました。

  • 研究の概要

肺移植におけるドナー・レシピエントのデータベースの構築を行いました。このデータベースの目的は肺移植の予後改善だけではなく、オーストラリアビクトリア州のICUデータともリンクさせることで、レシピエントの増加予測や、そのための医療リソースの適正化などを目的としておりました。このデータベースの作成に加えて、それをもとに5つの研究論文を執筆できたことは非常に勉強になりました。その後、引き続きフレイルに関する研究にも携わっております。

  • 臨床(肺移植)

研究の合間にアルフレッド病院の肺移植の臨床見学も行いました。肺移植件数は年100件を超えており、これは日本における脳死肺移植の約2倍の数に当たります。件数だけでなく、世界的にトップクラスの生存率を維持しています。学ぶべき点はいくつかありましたが、実に印象的であったのが、肺移植の重要人物であった私のボスが私の留学開始時くらいから約1年間のサバティカル、つまり臨床から離れていた事でした(留学当初はかなり焦りましたが)。それでも問題なく、肺移植がどんどんこなされていていたのは、単なる層の厚さではなく、それを可能にするシステムにあったと思います。日本で同じ事をしようとするには難しい部分が多々ありますが、学んだ知見を今後の移植管理に役立てていきたいと考えております。

  • 臓器提供に関するアプローチ

留学前は臓器提供に関する知識がほとんどなく、1からのスタートでしたが、移植医療の大きな要であるドナーの確保については国家戦略として学ぶべき点が多々ありました。欧米諸国と比較して、オーストラリアはドナー数が多いわけではありませんでしたが、国家レベルの活動にてここ10年でドナー数は2倍以上に伸び、さらには限られたドナーを最適化していました。ドナーコーディネーターのワークショップに参加し、オーストラリアの移植医療における課題から患者・家族への対応について、学ぶことができました。今後、日本の臓器移植にも何か貢献できればと思っております。

  • その他

オーストラリア生活を通じて気づいたのは“適材適所”の重要性でした。それぞれが自分の得意なフィールドで活躍し、その合わさったものが大きな結果として算出されていました。それは自分の不得意分野にこだわらず(私の場合、英語力への執着を払拭でしたが)、発想力や分析力への集中することで、視点を変えることができました。今後もレジリエンスを忘れず、取り組んで行きたいと思います。

生活篇

週末は研究業務から開放され、家族で公園や動物園に出かけるなど、ゆったりとしたオージー生活を楽しみました。後半はCOVID-19の影響もあって、海外で生活する事、そして『外人になるということ』を肌で感じました。言葉が通じず、不自由を感じる場面も多々ありましたが、それ以上に楽しい思い出を残すことができました。公園でバーベキューをしたり、教会で聖書のディスカッションに参加したり、研究・臨床留学している他分野の先生から刺激をもらったりと留学ならではの経験ができました。

  • ロックダウン

オーストラリアでは徹底した感染対策およびロックダウンが敷かれており、不要不急の外出禁止はもちろん、5km以上の移動禁止や他家庭との接触禁止、職場への通勤にも許可証必須など生活に大きな影響を及ぼしました。幼子を持ちつつ、不安な海外にていつまで留学生活を継続すべきかを家族で何度も話し、考えたことは今となってはいい経験です。

  • 海外での出産

第二子をメルボルンにて授かったのは貴重な経験となりました。夫婦ともに英語は得意ではありませんでしたが、互いに協力し、母子ともに元気に乗り越えることができました。父親がへその緒のテープカットしたり、胎児エコーは3回のみとか、ここにも国家間の違いを感じました。ロックダウンの影響でwork from homeを余儀なくされ、育児にも関わらざるを得なくなりましたが、育児しつつ仕事に臨む先生方の大変さを痛感しました。

最後にはなりますが、この素敵な留学の機会をくださった、森松先生、留学に関して相談に乗ってくださった先生方に心からお礼申し上げます。自己研鑽に使わせて頂いた2年間でしたが、今後は患者さん、そして日本の医療のために尽力する所存でございます。今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します。